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ドラマ「カルテット」最終回 呪縛からの解放

このドラマがなにを伝えたいのか、なにを描きたいのか。
1話からずっと考えていた。
ラブサスペンスと明言されていたので、吉岡里帆さんの言葉にならい「サスペンス」の定義を調べてみたりもした。

 

デジタル大辞泉の解説 サスペンス(suspense)
《未解決・不安・気がかりの意》小説・ドラマ・映画などで、筋の展開や状況設定などによって、読者や観客に与える不安感や緊張感。また、その小説・ドラマ・映画など。「サスペンスドラマ」

百科事典マイペディアの解説 サスペンス
〈宙ぶらりん〉を意味する英語。映画・テレビ・小説等の危機のシーンで,観客・読者が感ずる不安感。転じて観客・読者をはらはらさせる劇的要素をもさす。スリラーに不可欠な要素の一つ。

大辞林 第三版の解説 サスペンス【suspense】
不安感や緊張感。特に映画・小説などで、危機的な場面に観客・読者が覚える、はらはらする感情。 「スピード・スリル・-」 「 --ストーリー」

 

ミゾミゾするばかりである。つまりは『ミゾミゾ』とはサスペンスのことだったのかもしれない。サスペンスの気配を感じる、という意味にもとれたかもしれない。

主題歌の歌詞を深読みもしてみた。これに関しては最終回を見て、正しいのではないかという自負を持っている。

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終わってみれば大きくテーマがあって、それは『大人』と『夢』と『家族』だったのではないだろうか。

大人は息苦しく、夢を見るのも大変だ。恋愛=結婚では無い。恋が叶わなくても人との関係は続いていく。夢と現実はいつも違う。

それと同じく、家族は自分で選べない。
大人も子どもも総じて、いつまでも家族は家族である。例えどんな状況であっても、家族というものが人生に大きく関わっていく。
最初に家族を捨てたのは、カルテットの誰でも無く幹生だった。幹生は母親からも逃げる癖があったという。鏡子。あの母親は曲者だった。逃げたくなるのも分かる。しかし嫁から逃げては駄目だろう。
『幹生』という名前には意味があったのだろうか。
また辞書を引く。

 

かん【幹】[漢字項目]の意味  出典:デジタル大辞泉
[音]カン(呉)(漢) [訓]みき
[学習漢字]5年
1 木のみき。「樹幹」
2 物事の中心となる部分。「幹線・幹部/基幹・躯幹 (くかん) ・語幹・根幹」
3 中心となって取りしきる。「幹事/主幹」
4 物事を取りしきる能力。「才幹」[名のり]えだ・から・き・くる・たかし・たる・つね・つよし・とし・とも・まさ・み・もと・もとき・よし・よみ・より

振りかえればこの幹生の失踪こそが、カルテット結成のきっかけとなった(ドラマじゃ一番不幸になってるっぽいけど、ありがとう)。中心部分に幹生が居たのだ。

カルテットのなかではまず、家森諭高が家族に別れを告げた。
茶馬子。名前の意味はあったのだろうか。響きのインパクトが多すぎて考察できない。
元妻と別れ、愛する息子とも離れた。
家森というのに家には愛されなかったし、森でほぼ遭難しかけていた。
諭高。諭吉は高い。と言うとお金を全然もってない家森には当てはまらないような、一周まわれば当てはまるような気もする。
ただ「豊」だとすれば。家森はいつも豊かな言葉でカルテット一同に議題を与えていた。うざがられる言動に、うざがりながらも付いていく他の3人。レモンから始まった議論はレモンで終わった。カルテットにとってこの人はムードメーカーに違いない。

次に家族を捨てたのは、世吹すずめだ。
実の父を看取らなかった。真紀はそれでも良いと言った。思えば真紀はこの時点で、自分の境遇と重ねていたのかもしれない。
小さくて人の居る場所に生息する雀。縁起のいい鳥らしい。
世吹がどこから来た苗字かはよくわからないが、本当の苗字は「綿来」らしい。これには色々憶測がある(千里眼事件、とか。よくわからない。あんまり興味もないが)。
しかし世吹はかっこいい苗字だ。世論を吹き飛ばす。世界を吹き飛ばす。そんな意味があるのではないだろうか。真紀の世界を吹き飛ばしたのも、きっとすずめの言葉なのだ。

そして真紀だ。
夫に捨てられ、そして捨て返した。恋人に贈らないでほしいプレゼント個人的No.1の詩集は燃やした。
しかし真紀には他に捨てるべきものがあった。元々の家族だ。
警察に行き、真紀は過去の「山本彰子」と決別し「巻真紀」でもなく「早乙女真紀」となった。
また辞書を引く。

き【紀】 の意味 出典:デジタル大辞泉
[音]キ(呉)(漢) [訓]のり しるす
[学習漢字]4年
1 筋道をきちんと立てたおきて。「紀律/官紀・軍紀・校紀・綱紀・風紀」
2 筋道や順序を追って整理・記録する。「紀行・紀要・紀伝体
3 順序を追って記録した文書。また、歴史書のうち、特に帝王の一代の事柄を記したもの。「本紀 (ほんぎ) 」
4 年代。とし。「紀元/皇紀・世紀・西紀・芳紀」

真紀になってから真紀を知った人しか、このドラマには出てきていない。
『真紀』という名前の彼女こそが彼女の真実をしるすものであり、真紀の時代になる。それを願う。

最後は別府司だ。
別府は『別府ファミリー』の中で窮屈さを感じながら暮らしていた。別府の顔の利く会社で妙に腫物扱いにされ、夜になるまで鞄があるのに戻らなくても捜してもらえず、倉庫に閉じ込められた。家族の集まりにはでるのが当然だと語っていた。例え一人プロにはなれずとも、弟にムカつく態度をとられても、別府は家族を大事にした。別府の部屋は祖父の部屋だった。
気が弱くチワワに噛まれて退散する別府の選んだ道は、退職と、別荘売却だった。世間体を気にする家族から距離を置いた形にもなる。
ご希望通り破天荒人生まっしぐらの別府司。
司る、という意味がしっくりくる。リーダー役で、全力で甘えさせてくれた。
これからも多分、この人が一番ちゃんとしているのでカルテットは存続できるのだろう。

最終回で「死と乙女」が出てきた。人生はグレー。大人は秘密を守る。
真紀が過去にしたこと。明確な解答はドラマの中には無かった。ちょっと書きだしてみる。不思議の、鏡の国のアリスの名台詞『人生チョロかった!』のシーンの後である。

すずめ「真紀さん。一曲目って、わざとこの曲にしたんですか?」
真紀「ん?好きな曲だからだよ」
すずめ「……真紀さんのこと疑ってきた人、別の意味にとりそう」
真紀「そうかな……」
すずめ「……なんでこの曲にしたの?」
真紀「…………こぼれたのかなぁ。……内緒ね」
すずめ「…うん」

(譜面に書かれている言葉 シューベルト弦楽四重奏曲第14番ニ短調 D810)
「死と乙女」

 

四重奏『死と乙女』。シューベルト自身の歌曲Der Tod und das Mädchen(死と乙女)から楽曲が構成されている。
乙女パートと死神パートに分かれている。乙女はまだ死にたくないと叫び、怖がる。
真紀を乙女と考えてみよう(早乙女真紀なので)。
真紀は死を怖がっている。
しかし死神パートはこう歌う。「死は恐くない。安らかなものだ」と。(適当訳)

振り返るには9話も必要になる。また書き起こしてみる。

すずめ「知ってるよ?真紀さんがみんなのこと好きなことくらい。絶対それは、嘘のはず無いよ。だってこぼれてたもん。人を好きになるって、勝手にこぼれるものでしょ? こぼれたものが嘘なわけないよ」

真紀がこぼしたものとはなんだったのだろうか。
『死』。これが意味するものとは?
すずめが言う「別の意味」とは「真紀の義父の死」のことである。すずめは深く言及はしない。そして、視聴者はここからなにを考えても憶測にしかならない。
自らが死を招いたか、死ぬべき存在になったのか。でも真紀は普通に生きたかったはずなのだ。自分が死ぬ、ということでは無いだろう。
ただそのコンサートの後、最後のシーンまで。まるで4人は浮世から離れ、桃源郷に旅立つかのように歌っていく(辿りついた先が熱海で『熱海の捜査官』オチか!と言いたくなる)。
そこはある意味で『死と乙女』で死神が話す永遠に安らかな『死』なのではないか。

主題歌おとなの掟では『自由を手にした僕らはグレー』と答えている。
彼らは自由になった。そして仕事も名前も、家族という繋がりもハッキリしないグレーな存在になった。
全て捨てて、音楽と仲間を手に入れた。

 

手放してみたいこの両手塞いだ知識
どんなに軽いと感じるだろうか
言葉の鎧も呪いも一切合切
脱いで剥いでもう一度
僕らが出会えたら

彼らは1話の写真撮影で着た黒のタートルネックで合わせた衣装を着て、あのワゴンに乗り込んで共同生活を再開させる。
また恋をしたりいろいろとありそうなので、見たいものですが。
とりあえずこれでドラマはおしまい。

楽しかった。ミゾミゾした。
坂元裕二さん。松たか子さん。満島ひかりさん。高橋一生さん。松田龍平さん。他スタッフ、キャスト一同のみなさん。本当に傑作ドラマでした。ありがとうございました。